私の妻は、とある稲作集落の出身である。
妻はその中では優秀だった。大きなディスアドバンテージを克服して、金持ちに負けずに学歴を勝ち取ったのである。
しかし、その集落には妻以上に努力をし、大きな成功を収めた人がいた。

彼は東京有名私立の中では最も優秀な大学を卒業し、デロイトトーマツなどで非常に活躍されていた。コンサル界を渡り歩き、いくつも事業を成功させていた。今は少し違うのかもしれないが、当時はコンサルに入り、高い給料をもらいながら悠々自適に暮らすことが理想とされ、多くの人が転職などでコンサルを目指していた。彼はそういう連中の理想を体現した存在であった。

一方そのころ、私は普通の会社員だった。日々上司に理不尽な指摘をされ、泥臭く取引先と設計を詰めていく。自分で決めた就職先ではあったが、仕事は理想とは程遠く、開発とは名ばかりの下請け丸投げ奴隷と化していた。H○NDAを3年で退職した人が話題になっていたが、まったく同じ気持ちを持ちながら、逃げることができなかった。私は義理の家族が集落で胸を張って歩けるように、なるべく今の会社の名前を変えないように、そして転職するならコンサルのような理想的な職になれるように、今は耐えようと思っていた。

しかし、転機が訪れる。中の良かった上層部が、自分の上司に社内政治で嵌められてしまったのである。その人は精神を病んでしまい異動となった。そして、無能なのに多動な自分の上司が実権を握ったのである。私の地獄はここから始まった。ただでさえ好きでもない仕事だったのに、もっとつまらない仕事を、大量にやることを命じられた。人は補充されては離脱した。成功が約束されたプロジェクトにはいっちょ噛みし、そうでないプロジェクトからは離脱する・・そんな命令を受けながら毎日を過ごした。

残業が70-80時間くらいの月が半年続き、いよいよ私はこの組織にはついて行けないと思った。仕事を憎み、上司を憎み、その上司を昇格させた人事を憎んだ。社内政治に強いものが幸せになり、そうでないものがバカを見るこの会社が嫌いになった。

ある日、私はドクターストップをかけられた。私は勇気をもって妻に打ち明けた。
「しばらく会社を休んでも良いかな?」
妻はすぐに了承してくれた。休んでいる時も助けてくれた。集落に変えれば失望の白い目で見られるかもしれないのに、それよりも私自身のことを考えてくれた。
ただ。それでも。私は自分の至らなさが心の底から惨めだった。私は彼のように人生を成功させるどころか、普通の社会人としてすら落第してしまったのだ。その事実と毎日向き合わざるをえなかった。

そんなあるとき、出身研究室の教授が国際学会の案内を研究室LINEに投稿した。そして、一言。「○○君もどうですか?」と。

私は社会人としては落伍者だ。でも、教授は私のことを優秀(というよりオモロイ?)学生であると思ってくださっていた。その事実は私に大きな原動力を生み出した。どこかで歯車が嚙み合う場所があるはずだ。昔はそれを見つけることができていた。もう一度、それを探しにいかなければ。

そのあと紆余曲折あり、自分が研究すると幸せを感じる人間であることに気づいた。そして、生きるために社会人を引退するしかないという思いが芽生えた。
今までの私の考えでは、この論理は破綻している。生きるために嫌な仕事をしなければならない。これは当然のことだ。なのに、生きるために社会人を止めるというのは矛盾しているだろう。しかし、社会人でなければいけないとか、サラリーマンじゃなければいけないというのは今思えば幻想である。有能じゃなければいけないとか、経済発展に寄与しなければいけないとか言う人もいるが、平均以下の残り半分の人は生きる権利が無いみたいな論調に聞こえる。そんなことをしたら人口減少は止まらないよ。
だから、私は自分のお金でもう一度大学に通い、博士になることにした。研究者として生きるために。

さて。私にとって、集落の彼は常に人生の成功者だった。全日本人のTOP5%に位置し、私のような人間が無駄な努力をしても決して追いつけないことを教えてくれた。そして、彼をライバル視することで私は本当の自分を見つけることができた。その結果、私なりの正解にたどり着き、世間の言う「コンサルになって悠々自適に暮らす」という理想論とはかけ離れているが、満足行く生活を送ることができるようになった。この世の中の正解は1つではないことを、身をもって知ることができた。

研究者となった後、冬のある日。妻と集落を散歩している際に彼の両親に会うことができた。あまり顔を覚えていないが、丁寧な口調の女性と、しっかり軸を持った落ち着きのある男性という組み合わせだったような気がする。噂で私のことを知っていたようで、暖かくなったら今度ゆっくり話をしましょうといってくださった。私もどんな話をするべきか、感謝を伝えたいけど私が勝手にライバル視して、勝手に神格化して、勝手に自己解決した話だしなあなどと思っていた。



帰宅をしたら妻が電話をしていた。
表情は硬い。なにやら深刻な話をしているようだ。
私はキッチンに向かい、鮭のムニエルを作ることにした。

しばらくして。。妻の電話が終わったようだ。
妻がキッチンに来て、私に伝えてくれた。

「○○さん、電車にはねられたんだって・・」

私は狼狽した。
「なんで・・?誰かに押されたとか?」
「わからないって言ってた」
「まさか・・」
他殺だったとして、「わからない」なんてことは無いだろう。すぐにニュースも確認した。該当駅での人身事故の情報があった・・・。

・・・

彼がどういう気持ちだったのか、いまだに私にはわからない。しかし、彼は圧倒的な成功をおさめ、全日本人が漠然と考えている理想の人生を体現していたはずだ。彼の奥さんも良家の美人と聞いていた。本当に何故・・。

しかし、もし仮に。彼と昔の私が同じような考え方の持ち主だったとしたら、彼はどこで「理想の人生」というレールを離脱できたのであろうか?と思う。私は比較的早めに世間の理想に折り合いがつかなくなり、レールから逸れることを選んだ。でも、なまじ彼は優秀だったため、レールの上をノンストップで駆け抜けてしまった。でも、レールはずーっと続くんだ。もし、その行先が自分の求めるものじゃないとしたら。レール上を走るのと、レールから外れるののどちらが正しいのだろうか?

彼は結局、将来が見えた時、レールから外れる選択ができなかった・・だから走ること自体を止めてしまったのではないか?というのが私の予想だ。私だって、同じことが起こる可能性があった。妻と教授に支えられていなかったら、同じ結末だったはずだ。だからこそ、彼の事件は私の魂に大きく刻まれた。

昨今のSNSを見ると、自分の人生をきらびやかに他人に自慢したり、他人の人生に口出しをしたりする中で「レール」というものが形成されているように感じる。しかし、それは幻想だ。幻想に気づくことができないと死に至ってしまう。失敗しない者ほど長く囚われてしまう。少子高齢化も、景気後退も、「こうしなければいけない」とか「こうであるべきだ」というレールがあるから生まれている気がする。「年収500万無いから結婚できない」とか「世帯年収1000万無いから子供を持つ権利が無い」とか「大企業じゃなければいけない」とかそんなことばっかり流れてくるが、自分がどうやって育ったかを思い出せば幻想であることはすぐわかる。ただ、20代の若者だと何故か騙されてしまう。私もそうだったから良くわかる。

集落の彼は、多くの人が無意識のうちに嘘をついていることを身をもって教えてくれた。「こうすれば幸せに暮らせる」という幻想のレールの危険性を教えてくれた。私は幻想のレールと本物の道をしっかりと見極め、その重要性を後世に伝えることで、彼の犠牲に報いなければならないのだと思う。

最後に。私は強化学習を専門とする研究者となった。強化学習はAIの中でも変わり者で、経験から学習していくタイプのAIだ。一方で、ChatGPTに代表されるような強いAIのほとんどは、ベースが教師あり学習であり、歴史や正解データから学ぶAIだ。
しかし、教師あり学習で必要となる「正解」とは何だろうか。それは人間が定義できるものだろうか?私は少なくともそうは思わない。世の中のほとんどの数式は解を複数持ち、ほとんどの絵画や楽曲は言語化できない。そんな世界において、たった一つの正解をLLMに教えてもらおうという思想は非常に危険だ。分からないからLLMに質問する・・そんなことよりも、自分の身をもって体験した方が、よっぽど正解に近づける。強化学習は私にそれを教えてくれた。
もし、SNSで誰かが何かを正解だと示している時、それがあなたの体験と比較して正しいかどうか判断してほしい。正解は個体と時間によって変わる。Q値は経験によって異なるのだ。そして、判断に困るときは、未知への挑戦を忘れるな。それは人間にしかできない、数少ない才能なのだから。

私は長年のライバルと死別してしまった。結局一度も話せなかった。成功者の言を聞きたかった。
でも、もっと辛いのは彼の家族だ。同じ悲劇を繰り返さないためにも、そして自分たちがこのような選択をしないためにも、自分の人生を他人に委ねず、信念と経験を持って正解を探してほしい。
皆さんの人生が輝かしいものになりますように。

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